当日吉神社は天文二年と云ふ年に能代の地に鎮座せられた由緒あるお社でございます。社傳に依れば当時の能代は未だ海辺の小集落で、住む人も少なく一郷を護るお社とて無い有様でした。このやうな時に海中より出現せられ、村の長清水氏を始め部落の人々に依って一郷鎮守の神としてお祀りせられましたのが当神社の起源と云ひ伝えられて居ります。


 御祭神は大山咋大神・大物主大神及び大国主大神の三神にて、前の二神は、滋賀県比叡山麓坂本に鎮座まします名社日吉大社の御祭神に仝じく、大国主大神は申すまでも無く出雲大社にお祀り申上げて居られる神様で、古来殖産、医薬、醸造、結縁等の御神徳をもって広く崇教せられて居ります。


 鎮座地は当初海辺に近く姥ヶ懐と申す所でしたが、米代川の川筋の度々の変化によりしばしば社地を遷し、やがて寛文年間中町の東端飽土野のほとりに地を選定し当時の能代奉行山方杢之助が率先して社殿造営の事に当りました。現在の御鎮座地が即ちこれであります。


 大祭は旧暦四月中の申当日とその前夜の両日にわたり執り行はれる中の申祭と、七月二十六日二十七日の神輿渡御を中心として執り行はれる神幸祭の二大祭があります。前者は御祭神御出現の日にちなんでの祭事、後者は御鎮座の故地におでましになり、そこより御本社にお帰りになる神事であり、共に御祭神御出現鎮座の由来を今に伝え示す神事と申せましょう。又、中の申祭の前夜の宵祭は、初嫁及幼女の参杯多く現在は「嫁見まつり」の名で広く知られて居り、神幸祭の神輿渡御は多くの氏子の若者に依って奉仕せられその勇壮振りに依り「あばれ神輿」の称があります。この行列には、華麗豪華な五丁山(山車)が供奉致します。


 御鎮座以来永い歳月にわたり、古くは秋田氏、ついで佐竹家の崇教篤く、明治の御代に至っては県社の列に加えられましたが、やがて敗戦の世に際会し続いて、社殿御炎上の災禍を受け乍らも氏子崇教者各位の変らぬ崇敬奉賛のもとに、能代鎮守のお社として現在の御復興をみ、幾百年の星霜に堪えて神徳の愈々昭々として今日に至って居ります。





Copyright (C) 2002 Hiyoshi Jinjya All Rights Reserved.